Senta.

ダイエットを監視されたり阻止されたり、王子捕獲に励んだり、なにかと慌しいさいこちゃんの日記です。

2017-02

民俗と民俗学と世俗と村おこし

5月25日
香美異界談義へ行く前に

      いざなぎ流の里・物部 開催中の
     香美異界談義と歴史民俗資料館1
          高知県立歴史民俗資料館へ

      香美異界談義と歴史民俗資料館2

     長宗我部の居城だった岡豊城址に建つ資料館には
     高知県のヒーロー
     長宗我部元親の像が建っていて

            香美異界談義と歴史民俗資料館3


    なんこくまほら san のおっしゃる通り
 
         香美異界談義と歴史民俗資料館4
              イケメンです


  いざなぎ流に関しては
  いくつか文献は読んでいたし
  基礎知識程度には知ってるつもりだったけど

      香美異界談義と歴史民俗資料館5
      見れば見るほど分からなくなっている感じでした


   ここでラッキーだったのは
   シンポジウム前に関係者と共に資料館を訪れていた
   
      香美異界談義と歴史民俗資料館7
         京極・小松両先生にバッタリ会えたこと
          ひゅ~ 生京極ぅ  ← 前にも見てる


結局時間がなくなって
お昼はコンビニでサンドイッチを食べただけで
高知工科大学へ向かいました

      香美異界談義と歴史民俗資料館6
            予約の意味がないくらい満席
           ( 並ばず入れる程度の違い )


      香美異界談義と歴史民俗資料館8
        撮っていいなら一眼持ってけばよかった 

  伝統なんて物は元々なくて
  日々変化しながらその地に伝わっているもの
  それを村おこしや観光資源にすることによって
  失われるものがあることを知らなければいけない

    京極夏彦氏の話には 
    いつも私のモヤっと感を晴らす答えがある
    2年前の大歩危でのフォーラムのときもそうでした

  各地の有名なお祭りでたくさんの人がやってきて
  屋台が出て賑わって
  観光としては大成功だけれど
  お祭りの本質は失われていく

  秋祭りの獅子で盛り上がるオッサンたちも同じ
  いつも思ってた 「 お前らのための祭じゃない 」

  失われかけた生活の一部を拾い出し
  公衆の前で演じて拍手喝采を受けたとき
  それは生活の一部ではなく見世物になる

  いざなぎ流神楽保存会の方による
  神楽を見るという貴重な体験ではあるけれど

      香美異界談義と歴史民俗資料館9
    この人たちは太夫ではない
    いざなぎ流の神楽の振り付けを模して披露しているだけ
    神楽を保存していくけれど太夫になるわけではない
    太夫がいなくなっている現実の中で
    こういう会がなければ後世に残すことはできないけれど
    それでは伝統芸能になってしまうのでは?


これは高知県だけの話ではなくて
瀬戸ゲイに関しても言える話

島を歩くのは楽しい
アートを展示することで島へ行く機会が増える
嬉しい
でも島の人にとって それはイイことなのか?

   観光課と見に行く私たちの間に温度差はなくても
   作家さんとの温度差はかなりある
   それ以上に 島民の方との温度差を感じることも

   直島を私が嫌ってるのは
   作家が古いものを壊しながら
   自分たちが活性化に一役も二役もかってるんだという
   意味の分からない自己満足が隠れることなく見えていたから
   

      香美異界談義と歴史民俗資料館10

     いざなぎ流だけじゃなく 島や村だけじゃなく
     妖怪、神社、雅楽、人物
     ブームになった地点で本質がなくなってるもの
     たくさんありますよね
     直島の人や四国霊場みたく
     本人たちが良いならそれでいいけど
             違うものもあるはず



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   高知県立歴史民俗資料館
   企画展「いざなぎ流の里・物部 ―神々と精霊の棲むムラ―」

            6月26日(日)まで


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生活から文化へ

遠い昔は 「 鬼 」「 モノ 」 などと呼ばれていた妖怪
そもそもは個々の世界が狭く ( 異界が多い )
暗闇の多い生活の中から生まれたものたちで
それは常に生活に密着した存在でした
やがてその実体験とも言えるモノたちは
語られ描かれるようになり広く伝わるようになります

児啼爺のように怪異でもなんでもないことが
恐ろしい = 実態としての妖怪 にとして語り告がれる
怪異ではないけれど
一地方に伝わる昔話 ( あるおじいさんのお話 ) が変化したもので
その地域が特定できることから
民俗学の一部として取り扱うことができます

ここで一旦予告のときの話に戻りますが
民俗学とは一切無縁と思われる

    妖怪について考える夏1
    妖怪について考える夏2
     この方たち

  この方たちの存在が妖怪を語る上で邪道かといえば
  実はそうではないのです

今なら夜が怖いなんて思う人もいないけれど
夜の闇を恐れ 辻の向こうを恐れ
天災を恐れる平安時代の人には
妖怪現象は常に生活の中にある出来事だったけれど
いつかそのモノたちは人の想像の中で形作られ
百鬼夜行絵巻や妖怪絵巻などに多く描かれるようになります
八百万の神を祀る
つまりアニミズム的思想のある日本人的思考です

江戸時代に入り産業や商業や流通が発達すると
人の生活は豊かになり
江戸の町では簡単に生活道具を手に入れることができ
夜も提灯や行灯に灯がともるようになると
恐ろしかった妖怪たちも息をひそめるようになります
そして誕生したのが娯楽としての妖怪です

草双紙や黄表紙の誕生
  墓場の鬼太郎のご先祖様の誕生
                           だったのです

  1枚の紙にいくつもの妖怪の絵を描いた化物尽くし     
  妖怪について考える夏17
     ポケモンの一覧と大差ない

  妖怪を調べ始めたらまず最初に手にする
  鳥山石燕の
   『 画図百鬼夜行 』 をはじめとする妖怪画集4作品は
   妖怪について考える夏18
   江戸時代版 『 日本妖怪大全 』 とも言っても
   過言ではありません

 これらに扱われる大半は 実は石燕の創作とも言われています
 そう、 目玉親父やジバニャンと同じ
         キャラクターだったのです

 さらに妖怪画は進化を遂げ
 葛飾北斎や月岡芳年、河鍋暁齋など
 著名な画家も多くの妖怪画を残します
  中には1コマ漫画的なものも

明治に入ると世の中が
非合理的なもの非科学的なものを排除する流れになり
妖怪は否定され低俗なもの、ありえないものとして
姿を消していくようになります
そんな中でも将門様が猛威を振るったりと
決して人の心の中に 怪異 というものは消えることはなく

昭和に入り水木しげるにより妖怪たちの封印がとかれ
平成にはスタジオジブリやポケモン
そして妖怪ウォッチと一大ブームを巻き起こし
海外まで広がった

そう これは立派な文化なのです

ていうか 文化遺産 です

ドラキュラやメデューサなど
世界にはいろんな妖怪がいるけれど
日本のように妖怪に歴史がある国はありません
今はまだ 
マックのポテトケースがすぐに完売する人気を見せているけれど
妖怪ウォッチもいつか懐かしいアニメになり
次の妖怪やモンスターが誕生するでしょう

        そして私の石造が丸亀城に・・・
       妖怪について考える夏10

或いは あなたのそばで起こっている
日常の何かが
新たな妖怪現象として伝えられるのかもしれません


読んでくれてありがとう 
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                     妖怪学の地位向上委員会

             ・・・ってか 地に落ちたわっ!!!


    


    

続きを読む »

You can become 妖怪

こなきじじい という妖怪の名をご存知の方多いと思います
児啼爺 ← こう書きます
徳島出身の妖怪ということで
大歩危では児啼爺の像が建っていたりします
       妖怪について考える夏9 



柳田國男の 『 妖怪名彙 』 にも紹介されています

  阿波の山分の村々で、山奥に居るという怪。
  形は爺だというが赤児の啼声をする。
  或は赤児の形に化けて山中で啼いているともいうのはこしらえ話らしい。
  人が哀れに思って抱上げると俄かに重く放そうとしてもしがみ付いて離れず、
  しまいにはその人の命を取るなどと、ウブメやウバリオンと近い話になって居る。
  木屋平の村でゴギャ啼キが来るといって子供を嚇すのも、
  この児啼爺のことをいうらしい。
  ゴギャゴギャと啼いて山中をうろつく一本足の怪物といい、
  又この物が啼くと地震があるともいう。
  

大歩危の山奥にたたずむ児啼爺の姿は
妖怪名彙にはどこにも記載されておらず
水木しげるの児啼爺をモデルにしたと考えられるのですが
徳島出身の研究家多喜田昌裕さんの調査によると
木屋平村にはコナキジジという言葉は伝わっていなかった
長くなるので詳しい内容は端折るけれども
村に伝わっていたのは オギャナキ という
赤ちゃんの声がする という音の怪だけだった   

多喜田さんの研究はそこから進んで
コナキジジの報告者武田明の 『 山村語彙 』 へ
そこでコナキジジという言葉を採取した地域が
徳島の山城町ってことが判明 コナキジジという語彙も
確認できたのだけども 実は 怪異ではなかった

赤ん坊の声を真似る老人がいた

  じぃさん妖怪化現象?

   どうやらそういうおじいちゃんが実在していたらしいです
   子供を嚇かしたりそんな感じらしいです
   昔の子供ですからね 純粋なんですよ
   おじいちゃん怖かったんでしょうね
   悪いことをしたら躾につかったようです
    「 ○○のじぃちゃん来るよ 」 と
   そのおじいちゃんを知ってる地域では
   その個人名を挙げていたという

      ・・・  これはっ

友達の子供が悪いことをしたときに
 「 さいこちゃんに言いつけるよ 」 
    ・・・と脅してたのと
      まったく同じではないかっ
 ← 実話

つまり100年もすれば
丸亀城の一角に

      妖怪について考える夏10
      こんな石造が建つ日が来るのかもしれません

私なぞは見た目がラブリーなので
知らない子供はそれほど怖くないのかもしれませんが
児啼爺の里徳島県出身のこの俳優さんなら

          妖怪について考える夏11
          顔だけで子供を嚇せそうな気がします


明日の児啼爺は君かもしれない   
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   とまぁ 今日の主役は児啼爺だったわけですが
   『 山村語彙 』 による報告は
   コナキヂヂ 子供の泣声を真似る怪

    ・・・・ 聞こえてくるだけの音の怪ならともかく
         人が真似てんのは怪なのかどうか

     それは昨日もお話したとおり
     見る人の捕らえ方だったんですかね 
        あぁ 怪しい人が 的な

   もしかすると 既にあなたも 
    誰かにとって妖怪になっているのかもしれませんよ


   

妖怪か否か

昨日書いたとおり
妖怪を言葉の意味の通りとらえるとすれば

 怪しい出来事 = 妖怪
      ということになります

怪しいと思ったら妖怪現象
これは見た人の見方によって変わるもの
そう、セクハラと同じ
   
たとえば私が事務所の休憩室の暗闇で
こっそりコーラを振っていたのを目撃したとします

      妖怪について考える夏8

 「 さいこちゃん 楽しそうに何かやってるわ 」 と思えば
 これは日常的で否妖怪的現象だけども

 「 さいこちゃんが怪しい動きをしてる
   また何かに憑かれたとか?まさか狐憑き 」 となれば
 妖怪的現象となるわけです



またこのコーラを出歯ッチィくんの机に置いておいて
それを蓋を開けたとき
コーラがシュボボボボっ と噴出したとします

 「 くそぉ 絶対道明寺さいこの仕業だっ!!! 」 と
 プチキレれば ( バレてる ) 否妖怪現象で

 「 何もしてないのにコーラが噴出した なぜ? 
   おかしい 不思議 何事っ? 」 となれば
 妖怪現象であると言うことができます


何故そんなことが起こったかわからない
それが妖怪現象と呼ばれるわけですが
この不思議なことのうち
人にとって良い現象だった場合
妖怪のせいではなく 神のおかげ となるところも見過ごせません

ここで妖怪と神の違いという新たな疑問が生まれるわけですが
柳田國男が言うには
 妖怪は神の零落したもの だそうだけど
この説はちょっと違うような気がします

妖怪と呼ばれる方たちには
        妖怪について考える夏12
         こんな方や

        妖怪について考える夏13
         この方のように 
         人間に福を呼ぶ妖怪もいらっしゃいますし 

        妖怪について考える夏14
      この方などは 妖怪でありがなら水神の側面も持つ

 妖怪学の第一人者小松和彦先生の説では
 人に良いことをすれば 《神 》 悪ければ 《 妖怪 》 と言うけれど
 加門七海著 『 うわさの神仏 』 の中の
 『 祟るんですの巻 』 によると  
    祟る専門の神様がいる
       妖怪について考える夏16

 つまり
 良いか悪いかで神か妖怪かの判断は不可能

 もしかすると神は妖怪であり
  神 < 妖怪 
  或いは 神 ≦ 妖怪 ということになるのでは
  と考えられます 


 まぁ この方たちのように
   妖怪について考える夏15
   祟ってたら神に認定されちゃった方もいらっしゃることだしね


祀るかどうかはあなた次第 
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  この話に出てくる神とは
  キリスト教でいう全知全能の父なる神ではなく
  日本的な 神 のことです

  日本の神様とキリスト教の神様は根本的に違う存在で
  日本語に当てはめた結果 
  違うものを同じ言葉で表すようになったことから生じた混乱で 
  このお話もそのうちネタがなくなったころにまた・・・


妖怪とは何か

妖怪学に興味を持つとまず最初に出てくる問題

  妖怪とは何か

そしてこの問題は
多くの妖怪学者samaや妖怪研究者sama
妖怪好きの方々の中でも 正しい結論は出ていません

妖怪という言葉を漢字の持つ意味から考えてみると


     妖怪について考える夏3
      “  あやしい ”

    妖怪について考える夏4
      “  あやしい ”

   つまり あやしいこと

そもそも妖怪という言葉は民俗学用語で
一般的に使われる言葉ではありませんでした

現在みなさんが妖怪と聞いて思い浮かべるようなものは
江戸時代までは 化物 ( ばけもの ) と呼ばれることが多く
それ以前では モノ とか 鬼 と称されていました

明治以降民俗学者の間で使われるようになった
この妖怪という言葉
本来は不思議な現象のこと
キャラクター的な妖怪のことではなく妖怪現象をさしています

たとえば 奈良県に伝わる べとべとさん という妖怪

   夜道を歩いていると
   後ろから人の歩く足音が聞こえてくる
   でも姿はない
   「 お先にどうぞ 」 的な言葉をかけると離れていくという


これは音の怪で実態はない

 つまり 境港で人気ランキング常に上位の
         妖怪について考える夏5
   こんな目のないマイクワゾンスキーみたいなキャラクターでも

         妖怪について考える夏6
    ましてやこんな エリ○ベスのようなキャラクターでもない

  この2つはキャラクターであって妖怪そのものではないのです
  
去年の秋の怪フォーラムのときの京極夏彦先生の言葉を借りると
「 見えない人が多くなったから親切で作られたもの 」 なのですが
これらの存在が話をややこしくしてるのかもしれません

ただキャラクターと言っても
このべとべとさんや
     妖怪について考える夏7
    この方たちは 古典妖怪
    いわゆる昔から伝承されている妖怪をキャラクター化したもので

    妖怪について考える夏1

     この方たちとは区別する必要があると考えられます

妖怪とは何かを考えるとき
まずはこの方たちをなんと呼ぶか
ほかの名称を考えて定着させていく
そういう試みが必要なのかもしれません


コメント欄閉鎖中につき言いたいことはマウスに込めて 
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   今日は迎え火を焚く日ですね
   ご先祖さまが里帰りをするってことで
   見えないお客様がいっぱい 
   全然見えてないんだけど
   この辺に亡きじぃさまがいるに違いないの体で
   毎年声をかけています・・・返事はないんだけどね
   
     幽霊は妖怪?とよく聞かれるけれど
     その話はまたいずれ


     それでは 楽しいお盆をお過ごしください

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